さて、ここでは、トレーニングにあたってのちょっとした注意を述べます。
@ 「デックの静謐感は最優先。」
静謐感とは、しずかで、おだやかで、さわがしくないこと。と辞書にはあります。
でも、静穏と言う言葉とはすこしニュアンスが違うのではないかと、思うのです。
私は、単なるカーディシャンであって、プロの物書きでもなければ、ましてや小説家でもありません。
ですが、なぜか、素人の私には、この静謐という字感には、セクシーさを感じるのです。女性のなすべく、ひそやかさ?
しかし、大笑いなことに全く見当違いかもしれません。どなたか詳しい方がいましたら、是非教えてください。
さて、そういうことですが、私がこの言葉を多く使うのは、一番ピッタリとはまるからです。
現実には何か、ごそごそやっているのですが、それの気配を断ち、静寂を保つ。
これこそが、カード テクニックの奥義です。デックが静謐であればあるほど、リアリティーが増すのです。
A 「動作の往復、反復運動の禁止。」
人間の動作というのは、意味ある動作というのは、ほとんど、往復運動になっています。手を伸ばせば、元にもどすためには、手を縮めます。
今開いた手のひらは、必ず閉じられます。シーソーのギッタン、バッタンというように、右左、上下でワンセットと言うことなのです。
ですから、そのようにしてなされる、往復運動のモーションと言うのは、必ず何かの意味を持つと、我々の視覚野の認識は、そのように承知しているのです。
ですから、何かの往復運動を見ると、経験上の積み重ねから、それを探ろうとするのです。
そこで、現実には、何かをなしているのですから、それのモーションを片道だけにしておくのです。
そうすれば、とぎれが生じますので、逃げることができるのです。
B 「動作の同時は、アウト。」
野球では、同時はセーフです。ですが、カード テクニックでは同時はアウトです。
すなわち、見えてしまいます。これは、曖昧にしてはいけません。つまり、ある動作を隠す時は、隠すための手段を先にこうじておいて、その動作をするようにしないと、見えてしまいます。
それを、甘えて、同時なら大丈夫と思いがちですが、同時は見えます。これは、運がよければなどと甘いことを言ってはいけません必ず見えます。
C 「デックをグリップしている左手の使い方。」
マジシャンは、これがまるで駄目、不思議なことにこれがまるで駄目、それで、理由を考えるのですが、マジシャンは、デックで何かをすることが多すぎるのです。
近代技法は、少々姑息な技法が多く、私が最も信頼するダブルリフトにもそのケがあるのです。
デックの上だけで、ちまちまとしたマジックを見せても仕方が無いと思うし、ましてや、テーブル マットを敷いてそこに結界をはるが如くその範囲だけで、マジックを見せるというのは、少々どうだろうか、大胆さが無いので、矮小な変化だけに終わってしまい。何を見せてもインパクトが無いのです。
彼らは、通常のワンハンド ディールすらやることがない。ですから左手は全く死んでしまっているのです。
ところが、ギャンブラーは、もうお仕事なので、左手だろうが、とにかく使える手、指は、総動員なのです。
ですから、両手のバランスの良い動きが自然と身につくのです。
D 「デックは主役ではない。寿司の盛り皿、デックの気の消滅。」
前項の続きになりますが、マジシャンは、デックを主役にしやすく、その左手でグリップした手を正面に、持ってきてプレイをしやすいのです。
これが、大間違いなのです。テーブルの使い方が下手なのでそのような印象になってしますのです。
どうすればよろしいのでしょうか、これは、センスの問題ですから、センスを磨けと言ってしまえば、それでおしまいなのですが、まずデックの気を取り去ること、デックを主役にしてはいけません。
正面に持ってくると言うのは、もってのほかです。デックと言うのは、そこが発生の場所ですから、気配を消して脇に控えているのがベストなのです。
そして、主役は、テーブル上に置かれるカードたちそのものなのです。テーブルは、寿司を盛り付ける皿と同じように、気を配り主役達カードを並べるのです。
ですから、どうやれば美しいかは、おのおのセンスにかかわるのです。
E 「練習量。」
これは、言うまでも無いのですが、カードに関してだけの事を言えば、ギャンブラー達のほうが、長時間カードに触れています。
ですから、練習量と単純に言ってしまいますと、ギャンブラー達のほうが圧倒的に長時間それにかかわっています。
ですから、カードの扱い、それらしき手つきはギャンブラー達のほうが圧倒的に上手いです。
そこへいくとマジシャンは、カードだけに煩わされているわけには行きません。
しかも、マジックで、同じ種目ばかりをやられても、見ているほうは直ぐに飽きてしまいます。
ですから、このあたりは、仕方が無いことです。さてそうではあるのですが、マジシャンについて言えば、練習不足というよりも、練習を事実上していないケースが、多いのが、気になるのです。
これは、マジシャンの問題点です。早い話が、ネタが解ったらそれで満足しておしまい?
そういう、ケースが、本当に多いのです。どうも知識量が優先するキライにどうしてもなりやすいのです。
ここのところを多いに反省してください。どこかでも言いましたが、私がこのHPで、紹介しているテクは、ギャンブラーにしてみれば全てですが、マジシャンにしてみれば基本技法に過ぎないのです。
F 「力むな。」
これは、どのような、ことでも同じことが言えます。つまり、トレー二ングの必要なものは、全て、最後これになります。
不思議なのですが、集中して、憶えようとするためでしょうか、入れなくも良い力を入れてしまうのです。
肩に力が入っていないか、指先にだけ力が入っていないか、神経を集中すると筋力に、ばらつきが出てくる。力は分散させ平均化させること。
F−1 ドライバーの星野 一義の名言です。「ハンドルは緩やかに持て。」です。
G 「無駄な動作の排除。」
キャノンの取手工場での屋台方式と呼ばれる、生産方法では、一人の工員が、組み立て作業を最初から最後までをやる方式を取っています。
流れ作業でないのです。それでですが、その若い工員さん達のその手と指の動きを見たことがありますか。
もう、芸術的な動きをするのです。私は、手の動きの美しさに魅せられて、カーディシャンを名乗り始めたのですが、彼らの手の動きも素晴らしいのです。
無駄な動きが無いのです。それは、どういうことを意味するのかと、長い間考え続けていたのですが、彼らの手の動きを見て解り始めたのです。
仕事となりますと、本人も楽をして多くを望みます。すると、手は、目標に対して、最短距離の軌道を通るようになるのです。
そうすると、連続した動作にになると、動作そのものがよりコンパクトにまとまってくるのです。
それが、おそらく、ミクロン単位でせばまっていくのです。本当。
これが、美しいのです。皆さんも私の動画を見て、手つき違うよと思ったのではないか思うのです。
で、白状しますと、一番ビックリしたのが、私、本人なのです。自分の手の動きを、このようにして、客観的に見たのは実は初めてなのです。
鏡で練習している時は、100%は見ていません。ですから、どのように他人から見えるのかが、知らなかったし、解らなかったのです。
いつの間にか上手くなった自分の手つきを見て、そうだような、もう40年になろうとしているものなぁ〜!!とあきれているのです。
H 「ヴァーノンの自然とは速い場合もある。」
さて、これも誤解があるので、申し上げておきます。マジシャンは、動作を、自然にモーションする時、ゆっくり動かせばよいと誤解しているケースがあります。
そうではありません、ヴァーノン タッチとは、あくまでも自然な動きの追求なのです。
昔は、マジックは、目にも止まらぬ早業とかいう言い方をされていたように、リアリティーよりも、鮮やかさに重きを置いていました。また、そのほうが客受けも良かったのです。
しかし、彼の出現により、マジックの演技認識は、より、自然な動きへと、進化していったのです。
かっこよさより、リアリティーに考え方が変わって言ったのです。そういうことなのですが、ときたま、誤解が発生するのです。
それは、手をおろす時とか、電話の受話器を取るために伸びで行く腕のスピードなどは、これが、速いのです。
ですから、人間の動作には、速いほうがより自然である場合があるということを認識していてください。
I 「手の状態を常に留意すること。」
これが、長年私が、困っていることです。手の状態とは、手の湿り具合のことです。別項でもお話しましたが、私は、多汗症なのです。
緊張に弱いと言えばそうなのかよくはわからないのですが、これが困り者なのです。
フォールス ディール関係は、手がビショビショでもまだサラサラよりもよいのですが、パスやサイド スチール、ダブルリフトなどは、サラサラのほうがやりやすいのです。
そうすると、その場でできることが、下手をすると、手の湿り具合で、違ってきてしまうのです。
どなたか、これの解決方法をお持ちの方はいませんか。サラサラをビショビショにするのは簡単なのですが、逆がほとんど不可能なのです。
J 「モーションのスピード。」
練習していて、退屈して、少々解らなくなったら、これを試してください。まず、思いっきり速くモーションをするのです。そして、それをしばらく続けたら、今度は物凄くゆっくり同じことをやってみるのです。
すると、思いもかけず、モーションのポイントが解る場合があります。