


1960年の正月。東和映画配給の「ヨーロッパの夜」という映画が封切られたのです。
渾然とした、熱いぐらいの豊かなミルクが、戦後の荒廃の中に沈み込んでしまった、凍てついた日本人達の感性のなかにガボゴボと流れ込んで来たのです。
クレージ ホースのヌードショウなどは天下一品で、小学生の私まで、鼻水出して、オロオロ見たい見たいと、完全におかしくなるほどのパワーがあったのです。
それは、たしか、こうです。微妙な静けさの中、照明はピンスポット一本。黒の、カーテンから、真っ白な手が出てき、それが伸びて裸の腕とナリ、同時に黒のエナメルのハイヒールを履いた左足が、カーテンの割れ目より、ぬっと現れる。
もう、ここらで、男達は、言葉も出ない。そして金髪の、のけぞった女性の横顔が現れ、首には、ビロードの黒リボンが巻いてある。カーテンを両足の間に挟み、カーテンの漆黒の切れ目で白い裸身がなぞるようにしなる。それもゆっくりと。
もう、むちゃくちゃセクシーなのです。おそらく日本の男達は、それまでこの様な経験をしていないのです。
もうそれが美しいのなんのって、おそらく女性の身体がこれほど綺麗だとは思ってもいなかったのです。
それまで、日本では、女性を賛美するのに可愛いというのが常套句だったのです。
それがなんだ、この暴力的なピュアな色彩と香りと背徳感、もうまるで、精神侵略そのものだったのです。
え〜と、これ以上はやめます。この種のことを言い出すとどうも好きなのか自制がきかなくなりそうです。
とにかくそういう背景だったのです。若い人解ってくれ、今見れば別にどうと言うこともないショウなのです。
でも、我々の世代は、それを何回も何回も反芻するので、もう大脳の初期記憶野に、しっかりと刻印されてしまっているのです。
古きよき時代かもしれませんが、史上初めての負け戦の直後、それは圧倒的に我々を洗脳できるほどの、威力があったのです。
随分と前ふりが長くなりました。少々、何を言うつもりかも忘れそうです。
えーと、そうでした。実は、この映画の中でもう最後のといってよいでしょう。最後の閨房奇術師、チャニング・ポロックがカードマニュピレーションとダブ プロダクション(鳩だし)をやっているのです。(助手をやっている女性が、また美人なんだよ。つましやかな、普通の格好なのですが、フレアスカートをまとった美人、美人〜♪)
私は、名前から判断してもヨーロッパ人だと思っていましたが、れっきとしたアメリカ人です。ロスアンゼルスのアリオン チャベツ スクールの出身で、スベンガリー デックを始めて見た時の衝撃が、彼をこの道へといざなったそうです。
その後、彼はハリウッドに引き抜かれ、たしか「盗賊紳士」と言う邦題の映画を1本だけ撮って、まさに閨房奇術師そのままの結婚(超逆玉の輿)をしています。お相手は億万長者の老婦人(早い話が老婆です。本当)。
しゃくだから、全部書いちゃいました。
その彼の手順(ルーティン)を、みなで、研究したのです。当時ビデオは無いので、飯田橋の佳作座という映画館へ行き、確か見料は100円でした。そこで朝から晩まで、何回も何回も閉館までねばって覚えて言ったのです。
そうやって、彼のルーティンを見て覚えたのです。さて、私は、カードはテーブル専門です。ですが、素人の方にとって、マニュピレーションは魅力的です。
そこで、必ず、マニュピレーションの質問があるときに、このポロックの話をするようにしているのです。
彼の小手返しなどは、秀逸で、画面では見えているのですが、なんと親指を使わない今では当たり前のやり方は、彼が初めて世に問うたやり方なのです。そのルーティンの完成度の高さは、他の追随を許さなかったのです。
これ以上の、奇術師はいません。当時、鳩とカードを組み合わせた手順というのは、サロンマジックの粋を行く、スライハンドの王道であったのです。
これは意外と知られていないことですが、今のアメリカのほとんどのプロ マジシャンは元ダンサーであったり、元シンガーであったりで、純粋にマジックが好きで好きでたまらなく、というパターンではありません。
それはなぜかと言いますと、スタッフ陣が超優秀なのです。ですから、純粋興味から上りつめること自体が、アメリカのショー ビジネスではすでに時代遅れなのです。
そう、だから、最後の閨房奇術師なのです。彼の人生そのものが、トラディショナル(伝統的)で、女性に対してもそうあり続けたと言うことなのです。