実は、この文章は、かなり早い時期に、完成していたのですが、何処へはめ込もうかと考えた時、なかなか、どこにも当てはまらなかったのです。
 それで、しばらくほっといたのですが、ふさわしい場所、と、ずうと考えていて、ここなら納得してくれそうなので、ここにしました。
 なんとなれば、茶会では、先頭を亭主が道案内しますが、その最後部をお詰め(おつめ)と呼びます。
 戦の時逃げなければならなくなった時の最後尾を、殿軍(しんがり)といいます。
 そして、最後です。ポーカーでは賭けが終了しハンド(手札)を公開します。

               「ショウ ダウン」(show down !)

 それでは、始めます。
 平安朝の紫式部以来、日本の女性は、なかなか表に顔が出てきません。誰々の娘とか、誰それの女房だとか、そういう間接的にしか名前が出てこないのです。ですが、彼女なくして、彼は存在しえないと言うことに、何で日本の男達は今だ気づかないのだろう。
 最近で言いますと、殉死に付き合った(言い方、書き方が不敬かもしれないが、)乃木希典の奥さん、誰も名前知らないんじゃないか。
 亭主は神として、神社で祭られているが、彼女はどうなったのだろうか。そんな凄い人でなくても、イチローのカアチャン、亭主を単身赴任させないで、異国でがんばれる彼女の力、大きいで。亭主の野球に対するひたむきさが好きなのだろうか、そうは思えないのです。
 でも彼女は、頑張るのです。シーズンのある半年間、亭主は、緊張の連続で、別世界にいます。
 それに、食わせ、寝かせ、遊ばせ、何とかリラックスさせないといけない。相手は世界に冠たるメジャーリーガーである。技術とか、体力とか、才能とか、そういうことは既にブッ飛んでいる世界なのである。大変だろうな。
 で、話は、飛びます。実は、今回このようにして、ホーム ページを立ち上げるにあたって、この大筋と構想は実は既に30数年前に、原稿として残しておいたのです。
 私の学部は、卒業論文がなく、単位を取れば、自動的に卒業が出来たのですが、これでは何のために大学まで行かせてもらったのか、解らないので、自分で書き始めたのです。
 ちょうど、三年生の時70年安保闘争で、一年間学校は、封鎖されてしまったのです。いかんせん、私の学校は、中核派の、拠点校であり、後の前進社を設立した学校で、経済学は、全てマル経で塗りつぶされていた学校だったのです。
 その一年間で、書き上げたのです。レポート用紙に厚みにして、14ミリ、このホームページのあちこちに出てくる手書きの挿絵は、その時説明のためどうしても必要だったので、自分で、書いたものなのです。やっていることが、偶然なのか師匠アードナスとこの当たりがよく似ています。
 そして、3,4年誰にも見せず、触らせず、自分の命より大事にとっておいたのです。それをどういう機会だったか、記憶にないのですが、木先生にそれを見せたところ、見た瞬間、先生は、その場で仰天したのです。
 と言うのは当時、カードテクニックだけで、その基本を網羅して一つ一つを解説したものというのは日本では、無かったからなのです。
 そして、その場で、「これで、本を出しましょう、直ぐ出しましょう。」とまで言ってくれたのです。ありがたかったです。義理でそう言っていただけるだけでもありがたかったです。私のほうは、別にそこまでしなくても、またそれ程のものでもないと思っていたのです。
 ただ、なぜか、先生には、見てもらいたかった。だけの話だったのです。
 そして、コピーをお渡して、すぐに、別の本で、私の本が出ると言う前宣伝まで書いていただいたのです。
 ですが駄目でした。駄目でしょう。情熱だけでは、駄目なのです。男は馬鹿ですね、先生も早とちりです。
 やりたいことが先走って、内容がついていっていなかったのです。まだそれほどのレベルにも無かったのです。プロの編集者には、一目で分かったと思います。
 そこで、ずるずるとしていたある日、その時のことは鮮烈に憶えています。私は、新宿小田急百貨店の手品売り場(もう今は無いようです。)のディーラの仕事中、木先生はわざわざ見えていただいて、そして、いつも必ず行動をともにしている。奥さんが、ここに居る、馬鹿な二人の男達に代わって、大変に恐縮して、謝罪を言ってくれたのです。
 そのとき、初めて奥さんの存在に気がついたのです。お二方は、何処にいられるときも二人一緒なのです。印象をいいますと、眼鏡が二つ空中を浮かんでゆらゆらと、歩いていると言う感じがしていたのです。
 それなのに、奥さんのことは、すっかり忘れていたのです。そして誰も気づかなかったのです。最強の批評家は誰か、それは芸術家にとって、愛する者が最も怖い批評家なのです。
 彼女は、世界で最もハイクラスのマジックを誰よりも早く、無償で、そして、日本の第一人者からそれを見せてもらえる権利を持っているのです。
 そして今にして思うと、奥さん何も言わないので、解らないのですが、確か学校の先生やってたことあったような気がするのですが、ひょっとすると英語ぺらぺらのすらすらでありません?
 そうでもしないと、別項でも言いましたが、先生の量は誰もこなせないと思えてしょうがないのです。
 まったく、冬眠中であったとはいえ、重ね重ね、先生のことはお悔やみ申し上げます。それで馬鹿なことを言います。散逸しないように頑張ってください。我が尊敬するレオナルド・ダ・ビンチの貴重なノートは、多くが散逸してしまいました。
 この悲劇だけは避けてください。お願いします。
 先生の名声の半分は奥さんのものです。ですから、散逸だけはしないよう、守ってあげてください。
 ジョン・レノン夫人はオノ・ヨーコと言います。周恩来夫人はトウ・エイチョウと言います。なのに、未だに先生の奥さんのお名前、知らないのです。

         終了です。お付き合いありがとうございました。

                           アードナスの弟子  carditian